夜のピクニック

僕の出身高校の先輩にあたる人の一人に、小説家になった女性がいる。彼女の名は恩田陸というのだが、皆さんもご存知の通り、『夜のピクニック』という小説で、第二回本屋大賞を受賞した人である。

水戸を舞台に映画化されたこの小説の影響だろうか。最近あちこちの高校で「24時間ウォーク」なるものが行われているらしい。しかし、僕を含めたあの高校の出身者から見たら「はぁ?」みたいな話である。あの小説の舞台になっている、水戸一高の「歩く会」は、単に歩くだけの会ではないのだ。

「歩く会」は毎年開催される。この会に参加するために、水戸一高の生徒は体育の時間に 6 km 程のクロスカントリーコースを毎回走る。これは水戸一高の生徒にとっては当たり前のことなのである。そして開催される「歩く会」だが、歩くのは「集団歩行」と呼ばれる、スタートから大体 50 km 程度の地点までである。集団歩行後、休憩・仮眠をしてから、「自由歩行」と呼ばれるステージに移行する。「自由歩行」だから、もちろん歩いても構わない。遅れた生徒を回収するためのクルマに追い付かれない程度の速さで歩いていればいい。しかし、この「自由歩行」は順位をつける。だから、水戸一高のほとんどの生徒は、この「自由歩行」の 30 km 弱の距離を走るのだ。勿論、50 km を歩いた、その後に、である。

僕は水戸一高の応援団に結構知り合いがいたのだけど、旧制中学時代からの伝統を背負った彼らは、学ランに朴歯の高下駄を履いて「歩く会」に参加する。しかも旗手は旗を持って、である。下駄の鼻緒で足は惨いことになるのだが、自由歩行のとき、彼らは手に下駄を履かせて裸足で走る。僕が高校生だった時代でも、これだけキツいことをする高校生というのはそうそういなかったと思うけれど、彼らは飄々と毎年これをやるのだ。

僕はあまりこういう行事で張り切る方ではなかったのだけど、三年のときは最後だということもあって結構頑張って走った。今でも覚えているのだけど、ゴールインした後、部室棟で着替えようと思って棟に入ったとき、ふと顔を触るとどうもザラザラする。入口を入ってすぐ右側に鏡があったので、それを覗き込んでみると、顔に白い粉が付いている。手で擦ると、その粉がはらはらと落ちて、そのときようやく僕は、自分の顔に塩をふいていることに気付いたのだ。まあ、ちゃんと走ると、そういう感じである。

しかし、このような行事を毎年行っていて、しかも生徒の9割以上が完歩(感覚としては完走に近いのだけど)して、しかも僕の在学していた頃には、東大に毎年20人位入っていた。水戸一高はそういう学校だったのだ。そして「歩く会」も、単に皆で仲良く和やかに集団歩行するだけの会ではなくて、後半にはちゃんと競い合う厳しさというものがあった。だから、「24時間ウォーク」などと聞いても、僕達にしたらちゃんちゃらおかしな話なのである。

2010/11/08(Mon) 17:32:20 | 日記

Re:夜のピクニック

コメント有難うございます。

恩田氏は僕の5つ位上だったと記憶しています。勿論高校時代には面識はないんですが……まあ、変わった高校なんです。部活にいくつ入ってもいいとか、授業がコマ単位でサボり放題だとか。だから変わった人材が輩出されるのかもしれません(映画監督の深作欣二とか、途中で転校しましたが立花隆とか)。
Thomas(2010/11/12(Fri) 10:32:04)

Re:夜のピクニック

Thomasさん、こんにちは。
初めてコメントさせていただきます。
トマシーナです。
この水戸一校の行事、確か以前にテレビで拝見したことがあります。
応援団の方がいわゆるバンカラだったから、記憶に残っていました。
あの『夜のピクニック』が、コチラの行事をモチーフにしたものとは、全く知りませんでした。
恩田さんの作品は結構読んだのですが、この作品は読んでいなかったもので。

50`歩いた後に30`を走る!
それはピクニックなんてものじゃないですね。
普段から鍛えていないと、絶対にムリ!
それくらいやったら、顔から塩が吹き出るのも当然かも。

長々とすいません。
とても面白い記事だったので、思わずコメントしてしまいました。
トマシーナ(2010/11/11(Thu) 17:25:42)
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Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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