『すこしあるこう』に関して

僕はめったに他人のために曲を書くということがない。昔は知り合いの女性シンガーに曲を書いたりしたこともあったけれど、この人はとにかく歌の上手い人だったので、特に何も問題なく曲を書けていた。最近は……ああ、Uの飼っている猫のみかんに作った「みぃ〜かん〜はねぇ、寝てばかりぃ〜」という端唄があったっけ。それ位である。

で、今度、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』というライトノベルがアニメ化されるにあたって、そのエンディング曲が募集されることが決まったとき、ふと、いたずら心みたいなものが出てきたのだった。この手のコンペは、正直言って応募してもいいことは何一つない。曲の版権は一定期間応募元が独占的に使用できるし、印税収入が発生するのはその一定期間が大半だから、曲で金を稼げるはずがない。賞金なんて1位で10万円だったはずだから、まあお小遣いみたいなものだ。キリキリ自分の曲を書いて CD にして、何かのコンピにでも入れてもらった方がまだ儲かる、はずだ。

でも、このエンディング曲というのは、声優さんが歌うのだという。そうかー、そういえば、そういう感じの人々をターゲットにして曲を書いたことって、今まで皆無だったよなあ。まあ、どの道お金がどうこういう話になりそうもないし、使ってもらえたらそれはそれで後々のネタにもなるだろう。そう思って、ギターを抱えて何日か唸っていたのだった。

声優さんというのは、一応は声でご飯食べてる人だから結構歌唱力があるかもしれないけれど、でも僕が知っている限りでは、歌唱力で唸らされる声優というのはあまり知らない。いや、最近歌が売れてる人も結構いますけどね、でもまあそれは商業音楽のフォーマットに乗っかった上での話だ。方法論は、例えば小室系華やかなりし頃とは大分違うけれど、音楽的なフラクションが起点になったものでないことは、これはもうはっきりした事実なわけだ。

そういう人達に歌ってもらう前提で僕が曲を書くとしたら、どんな風な曲になるのだろうか。まあ、そういう観点がそもそもあまり練られていないということもあって、アイドル歌謡華やかなりし頃、それも松本隆を核にしたソングライティングチームがぶいぶいいわしてた頃を連想することになる。シンプルな中にちょっと一癖あるコードプログレッションで、メロディーの音域はそう広くなり過ぎないようにする必要がある。構造は……テーマソングだったら……サビ先か?ベタだけど、まあそんなところだろうか。

せっかくだから、それらの要件が揃ったデモを作ってみることにしよう、そう決めた。で、サビの部分から考え始めたのだけど……うーん、I aug(オーギュメント、増五度……そんな音名ないとか言いなさんなよ、英語圏では +5 ってのがちゃんとあるの)を挟んだ進行をちらちらと弾いてみる。これに同じ音階のフレーズを重ねることを考えて……で、 Cubase にデータを打ち込んで、聞き直して、また考えて……で、サビの終わりへはどうやって向かうか……うーん、ここのコードは……ハーフディミニッシュか(聞いてて厭になる方もおられるかもしれないけれど、僕はどうもこのハーフディミニッシュをしばしば使う)。ここから降りて……とやっているうちに、サビのところのメロディー抜きができた。これにメロディーを考えて、ベーシックなアレンジまで組んでしまう。

この短いシークェンスを聞き返しながら、頭の中に自分にとって「理想的な」プレイヤーを連想する。彼、もしくは彼女はこの先をどう続けるか、この前をどう続けていたか……などと考えつつ、サビ先のサビの後に続く Aメロ、Bメロを考える。この感じだと、リズムは……あーなんか大滝詠一じゃないけれど、この辺にカスタネットとか入る感じだよな、などと、パーツを削り出して組んで接着、を繰り返して大部のプラモデルを作るようなへんてこな作業を繰り返す。

この作業で、デモの規模の曲の塊が完成する。後はこれをいかに崩していくか、なんだけど……あー、このサビが終わったあとの8ビートとピアノのがっつり低音鳴らしてる辺り、ちょっとロックな感じになってきた。ハイハットをいじって、スクエアなリズムでもちょっとハネているような感じ(そう、これを出すためにハイハットの打ち込みが恐ろしく面倒なことになるのだ)を出してみる。よしよし。人が顔を突き合わせてセッションすればすぐにささっと決まっていくことを、一人でこうやって決めていかなければ、一人で人間的な音楽を作ることはあまりできない。かつて某セッションで鬼のようにベースを弾いていた僕としては、こういう不毛な作業は嫌なのだけど、まあ仕方がない。

さて。サビ→Aメロ→Bメロ→サビときて、サビで終わる前にどうつなぐか。まあ転調してオルガンソロを突っ込んでおいて、他の「非人間的な部分」を人間的なものに変えていく。

で、フェードアウトするようにして、基本のオケは完成。とりあえずベースを手弾きに差し替えてみるが、これはシンべの方が雰囲気が出るようなので、ベースはいじらないことにする。ギターは……うーん、これだけピアノ中心で作っちゃったから、coda のところにしか入らないなあ……

ヴィブラフォンでメロを入れて、とりあえずコンペの方にはこのかたちで応募してしまう。で、しばしこれをミックスダウンしたものを聞き返しながら詞を考える。

詞は、自分の言葉、ってのと乖離した世界だからなあ、とイヤイヤやっていたのだが、主人公のキャラを考えながら、でもあくまで歌詞は80年代とか90年代っぽい感じで……と書いていたら、まとまってきたので、譜割りにはめ込んでこれで完成。で、下の字幕入り動画になったわけだ。

こうやってぐだぐだ書いてきたけれど、これを読まれても、僕がどうやって曲を書いているのか、いまいち分からないかもしれない。ひとつだけ言えるのは、コード進行の理論とかモードとかを第一に考えていたら何も出てこない、ということ。インストの曲で、そういうモーダルなアプローチで出てきたパッセージを膨らませるなんてのがあるけれど、人が歌う曲はそうやって書くと実につまらなくなる、というのが僕の印象だ。極端な話、口三味線でも構わない。そのメロディと(頭の中で鳴らしている)ハーモニーを整えるのに、モードとかコードプログレッションの知識というか、定石が役に立つことは多いかもしれない。

まあ、ネットで検索すると、ごろごろいるんですよ。モードやコードの理論体系みたいなのを一所懸命書いていて、それこそ mixi とか2ちゃんねるとかでそういう関係の Q&A に熱心な方で、でも曲の書けない方。そういう人は何をしたいのかが僕にはよく分からないのだけど、僕は曲を書いて、拙いながらもかたちにするのがやりたいのであって、そういう輩はまあどうでもいいんだよな。

2010/06/16(Wed) 18:16:32 | 作編曲・演奏・録音
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Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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