無責任な発言者達へ

先日のことだが、アメリカの科学衛星である UARS が大気圏に突入し、破片がどこに落ちるか分からない、ということで騒ぎになったことがあった。地球上の人間に当たる確率が 1/3200 ということで、イギリスではブックメーカーの賭けの対象にもなったらしい。

このときのことだが、僕は怒りに身が震えるような思いをした。毎度お馴染みの mixi の、垂れ流しの「つぶやき」なのだが、そこにこんなことが書かれていた:

プルトニウム電池を積んでる可能性が、現時点で否定されていません。(可能性アリということ)
プルトニウム電池? ハァ? 頭に腐ったオガクズでも詰めてるんじゃないのアンタラ

UARS が軌道投入されたのは1991年9月12日のことである。地球の周回軌道の衛星で、軍事目的の衛星でもなくて、しかも大型の太陽電池パネルを搭載している UARS が、いわゆる原子力電池を搭載しなければならない理由など、何一つない。何を出鱈目をカタって分かったつもりになっているのか。こういう連中の存在は、プルトニウムより余程有害である。

そもそも、原子力電池というのは、主に放射性核種の崩壊熱を利用して熱電素子などで発電を行う装置で、太陽光による発電を期待できない外惑星探査機などに用いられてきた。繰り返すけれど、これは「発電量が豊富」なことが長所なのでない。「太陽光なしで」電力を供給しなければならない場合に有効なのだ。地球の周回軌道にある衛星だったら、原子力電池を積む位ならば、大きめの太陽電池パネルとリチウム電池でも積む方が余程電力を稼げる(し、実際そうしているはずだ)。

おそらく、この連中が「プルトニウム電池」などという言葉を持ち出してきたのは、1978年1月24日にカナダに落下して放射性物質汚染をひきおこした「コスモス954号」のことをどこかで覚えていてのことだろう。しかし、これも見当違いもはなはだしい話である。コスモス954号が積んでいたのは原子力電池ではなくて原子炉である。この区別も付かないんだったら、そもそもこういう term を弄んでいただきたくはない。半可通のいい加減な知識で周囲を汚染しないでいただきたいのだ。

ではなぜ、UARS は燃え尽きなかったのか。これは UARS が何のための衛星なのかを考えれば分かる話である。UARS は高層大気の観測・分析がミッションだったわけだが、このような分析のためには、分光計を多種搭載しなければならないことは容易に想像が付く。英語が苦手な方々のために日本語のウィキペディアの「UARS」の項にリンクしておくけれど、ここに書かれている分析機器は10種類。これらはいずれも、ある程度の大きさを持ち、構成材料としてガラスやセラミックスが多く使われているものである。しかも、これらの観測機器の観測精度を高く保つためには、測定器やその支持体に十分な機械強度が要求されるから、高強度の金属材料(それらは多くの場合高融点である)が多く使われていることは容易に想像がつく。

人工衛星が比較的低融点の軽金属や、半導体等の材料だけで構成されているならば、これは大気との摩擦熱で溶解し、酸化物となって四散する。余程の大きさがない限りは問題にならないだろう。しかし、UARS は分光計などの光学的観測機器を数多く搭載している衛星で、そこに用いられているガラスやセラミックス、そして高精度の測定のために必要な高強度の金属材料は、高温でも容易には蒸散し難く、燃え残りが地上に落ちてきてしまうことが予想されたわけだ。

僕の書いていることが理解できない、という人は、過去のニュースを検索で探していただきたい。おそらく、それらのニュースの中には、予想される落下物の個数がちゃんと明示されているものがある。ここには CNN のニュースを一例として挙げておくけれど、こういう風に個数を明示できるというのは、衛星の構成部品で燃え残りそうなものがいくつあるのか、予想できる、ということを示している。ガラスなどを主な材料として構成された部材、そして、ステンレスやチタン、ベリリウムなど(これらはいずれも高融点の金属材料である)で構成された部品の数から、このような数字が出せるのである。

現在、アメリカが打ち上げたドイツのX線観測衛星である ROSAT が、来月から再来月にかけて地球に落下するというニュースが流れている。これに関しても、同じように、ガラスやセラミックス、そして高融点の金属材料で構成された部材が搭載されているから、破片の落下が懸念されているのである。何でも馬鹿の一つ覚えで放射性物質に結びつけて、故もない非難(それらは批判と言うにも値しない)を垂れ流すのは、いい加減に、止めていただけないだろうか。本当に、プルトニウムよりも有害だ。

2011/09/29(Thu) 17:41:26 | 科学
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Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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