そのままな人々

まず最初に強調しておくけれど、僕は自分が遭遇したことをありのまま書いている。あまりのことに、最初自分が schizophrenia でも発症したのではないかとまで思ったのだけど、どう頭を冷やしても、あれは現実のことだったので、ここに書いているわけである。

出勤時のバスでの出来事である。僕が出勤するときにバスを利用すると、市役所から、市の医療行政の中核になっている巨大な医療機関までの間をバスに乗ることになる。このバスは、その医療機関を経由して、終点の大規模な市営住宅まで走っている。

このバスに、市役所から僕は乗ったわけだ。バス車内はどこにでもありそうな感じで、後ろ半分はフロアが高くなっていて、その高くなる境目辺りに、シートを跳ね上げて車椅子やベビーカーをベルトで固定できるスペースがある。そのスペースに、老爺の乗った車椅子が固定されており、その後ろに付添らしき老婆が座っていた。車内はいつもより混んでおり、二人がけのシートの二人目で座ろうと思えば座れない程でもなかったが、僕は車椅子の前の方にある支柱を抱えて立つことにしたのだった。

今日は昼の気温がここ数日の中で最も高い状態だったが、僕はスーツの上着を着て、肩からビアンキのメッセンジャーバッグを提げていた。まあいつもの格好である。kindle を片手に立っていたところが、その老婆がこんなことを老爺に話し始めたのだ。

「座ろうと思えば座る場所があちこちにあるのに、どうして人の車椅子の前に仁王立ちするんだろうねえ」

ん、僕のことか? いやまさかね。車椅子の老爺は一緒に笑っている。すると、老婆は聞こえよがしに、こんなことを話し始めた。

「あんな肩っからカバンなんか提げてねえ。おかしいよねえ」

周囲をそっと見回してみるが、肩からバッグを提げている人は他にいない。何だ? この老婆は、僕のことを言っているのか! そして老婆の声は尚も続く。

「この暑いのにねえ。上着なんか着ちゃってさあ」

老爺が嗜めることを、少しだけでも期待した僕が馬鹿だった。老爺はこう相槌を打ったのである。

「他に着るもん持っとらんのだろうなあ、ははは」

こういうとき、僕がどうするか。僕はその老婆を黙ったままじーっと睨みつけた。老婆が目を逸らしてもそのまま睨み続ける。そして。再び老婆が目を上げたとき、鋭く一度だけ舌打ちをした。老婆はまた、聞こえよがしに、

「何、見も知らんものを睨みつけてるかねえ」

いや、100 % アンタに非があると思うんだが。そのうち、老婆は話題を健康ランドに行くとかどうとかいう内容に変えて、何もなかったような顔をし始めた。こちらも阿呆らしくなって、巨大医療機関のバス停で降りたのだった。

車椅子を使っている人達のほとんどは、こんなことをしはしない。むしろ、そちらがそんなに気を遣う必要はないのに、と思う位、色々気にしてくれるものだ。しかし、こちらが何もしていないのに噛み付いてくるような輩がいるとは、僕は夢にも思わなかった。おそらく彼等は、旦那の方が車椅子生活になるずっと前からこの調子で、他者の支援を受ける立場になっても何もそこから得ることなしに、老爺と老婆になり果てたのだろう。いやーしかし、その矛先を向けられた側としては、これはもうたまったものではない。何故僕が、こんな理不尽なめに遭わなきゃならないんだろう。つくづく理解不能であった。

Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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