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通常は自転車通勤をしている僕なのだけど、あまりに颪が強かったり、雨が降りそうな空模様だったときには、バスで通勤することになるわけだ。しかし、このバスが曲者なのである。

職場に行くまでに、2本のバスを乗り継ぐ必要があるのだが、ひとつは極端に利用者が多い。利用者は僕同様通勤、あるいは通学に使用している人々、そして何より多いのがお年寄りである。

名古屋市は、福祉政策の一環として敬老パスなるものを交付している。これは、65歳以上のお年寄りを対象にしているもので、年間多くても五千円の負担で、市バスと地下鉄が乗り放題、というものである。まあ、運転の怪しい自家用車が減る上でも、この政策の恩恵を僕も間接的に享受していると思うのだけど、このパスのおかげで、名古屋市内の公的交通機関はお年寄りで溢れ返っているわけだ。

お年寄りに元来変な恨みなど持ち合わせてはいないつもりなのだけど、名古屋市のこの敬老パスでの利用者のマナーは概してよろしくない。群れる、騒ぐ、道を譲らない、並ばない……という、僕を苛立たせることの他にもう一つ問題があって、お年寄りの一定割合の人々は、マスクもせずに平気で車中でゲホゲホやらかしているのである。これが僕は怖くてたまらないのだ。

そして、もうひとつの路線は、大きな医療機関が沿線にあるので、いつも病気の方がバスに乗り合わせている。これはある意味仕方のないことだと思うのだが、やはりこれが僕は怖いのだ。

だから、いつからか、僕が職場に来たときに最初にやることは、洗面所のタオルを交換してから手を念入りに洗い、その後にうがいをすること、と決まってしまった。どんな風なのか、今日の場合を例に書いてみようと思う。

職場に着き、コートを脱いでから、まずタオルを交換する。これ用に自腹で買い溜めたタオルを置いているので、そのストックから1本取り出して、昨日のタオルと入れ替える。前日の帰り際にこれをしないのは、手を洗う直前にやりたいから、そして帰りのバスで僕自身が他人の感染源になってしまうことを防ぐためでもある。

それから、腕時計を外して、洗面所でぬるま湯を出して手と束子(このためだけに元祖亀の子束子1号を1個買って置いてあるのだ)を湿らせてから、泡タイプの手洗いフォームを出して、まず束子の毛が届く範囲内を念入りに擦る。束子はやり過ぎだ、と言われそうだけど、近所に手洗い用のナイロンブラシを売っていなかったのと、医師が手術前に手を洗う際にも昔は束子を使っていたというのを聞いたので、目下これを愛用している。

それから、指の谷間や親指の付け根の周囲、手首等、束子で洗い切れているか微妙なところを念入りに擦り合わせてから、ぬるま湯で完全に洗い流して、さっき交換したばかりのタオルで拭く。それから自分のマグカップにぬるま湯を満たしてうがいをする。マグカップなみなみ1杯分のぬるま湯でうがいを終えて、さあ、準備完了、仕事にとりかかる……というわけだ。

強調しておきたいのだが、僕は潔癖症ではない。むしろズボラな方なのである。しかし、職場の人間をそれに巻き込むようなことはしたくない。だから、これが習慣になっている、というだけのことなのだ。これだけやっても 100 % だと言えるかどうか分からないわけだけど、とりあえずこれでどうしようもなければ、それは他の誰がどうしたとしてもどうしようもないのだろう……と、納得することだけはできるのだろう。まあ、そういう程度のことに過ぎない。でも、これで手を抜いて、車中で病気を拾ったり、それを他の誰かに伝染させたら、と考えると、それは寝覚めの悪い話だろうと思う。だから今日も、「痛ぇな」と独り言ちながら、僕は手を洗っているのであった。

2015/01/21(Wed) 15:21:53 | 日記
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T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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