知らないと恥をかくけど、知っていると恥ずかしい

世の中には、知らないでいると恥をかくけど、知っていても恥ずかしい思いをする……そういうことがしばしばあるものだ。

たとえば、こんなことがあった。日本で web 日記が流行りだした1990年代半ば頃、日記書きのコミューンの中に一人の女性がいた。その女性は人文科学系の大学院生で、colon という handle(何度もしつこく書くけれど、「通り名」の意味で使われるのは "handle" で、"handle name" という語は存在しないし、ましてや "HN" などという略語も存在しない……日本の jargon としてはどうかわかりませんけれどね)を使っていた。「コロン」だから女性っぽいし、お洒落な感じでいいじゃないか、とか考えたそこのあなた。何かおかしいと思いませんか?

そもそも「コロン」が何故女性っぽい、お洒落なイメージを喚起するのか、考えていただきたい。おそらく、この「コロン」から香水とかをイメージするので、そういう風に考えるということなのだろうか?だとしたら colon というのはおかしい。そもそも「香水」を意味する「コロン」という言葉は存在しない。え?フランス語?それを言うなら「パルファム」Parfum だろう。

僕も別に偏屈親父を気取っているわけではない。おそらく「香水」から「コロン」を連想する方が、正確には「オーデコロン」という単語を経由しているのだろう、ということは分かっている。「オーデコロン」は、フランス式にちゃんと書くと Eau de Cologne だけど、まず、これ式で「コロン」を連想するなら Cologne と書くべきだろう。そして、そもそも Cologne という語には(辞書ででもひいてもらえばすぐに分かることだけど)「香水」というような意味はない。フランス語でも英語でも、Cologne と書けば、これはドイツの都市であるケルン(ドイツ語では Köln と書くけれど)を指すのである。

なぜこんなことになっているのかは、Eau de Cologne の歴史を調べてもらえればすぐ分かる。Eau はフランス語で「水」、あるいは水のような液体を指す言葉だから、Eau de Cologne を直訳すると「ケルンの水」とでもいう感じになるわけだけど、世界最初の Eau de Cologne は、ケルン在住のイタリア人香水職人 Giovanni Maria Farina(イタリア式に読むと「ジョバンニ・マリア・ファリナ」だけど、ドイツ式に「ヨハン・マリア・ファリナ」と呼ばれることが多いらしい)が 1709年に製造したものとされている。ファリナは自分の第二の故郷であるケルンの街の名を冠して、この新しい香水を Echt Kölnisch Wasser(= original Eau de Cologne)と名づけたのだが、1794年にケルンに進駐したフランス軍の軍人が、これを自国に持ち帰り、それ以後はフランス語の Eau de Cologne が世界的に用いられるようになったと思われる。ちなみにケルンでは、この当時の区画整理番地に由来する "4711 Echt Kölnisch Wasser" が現在も製造されている。

……いや、単なるケアレス・ミスでしょ?何をそんなに全力で否定しなきゃならないの?とお思いの方が多いと思う。だから先の colon なる単語に戻るけれど、これを英和辞典ででもひいてみてもらえたら、ここまで駄目を押す理由がお分かりになるかもしれない…… colon は英語では ":"、つまり句読点のコロンを指すか、小腸と直腸の間の部分(日本語で言う「結腸」や「大腸」)を表す言葉なのだ。そして、何の前触れもなしに colon と出てきたら、おそらく連想されるのは「腸」の方である。知らなかったであろうとは言え、handle が「結腸」というのは、これはあまりにケッタイな話なのである。

前に blog で書いたことがある話だけど、僕が大阪に住んでいたときに、近所に開店したケーキ屋の看板に "Taste of Mammy" と書かれていて、これをどうしたものか、と悩んだことがあった。これも「お母さんの味」という日本語が、正確には「お母さんの手になる味」「お母さんによる味」を表すことを深く考えずに、安易にそのまま英単語に置き換えた(もちろんこういう置換を「訳」とはいわない)結果、恥ずかしい看板が出来上がってしまったわけである。 "Taste of Mammy's Cooking" と書けば、何もおかしくないんだけれど……まあこれも、知らないと恥をかくけど、知っていると恥ずかしい一例である。

……で、今日、どうしてこんな話を書いているか、なんだけど……以下、若干シモネタがかった話になることを、どうかご容赦いただきたい。実は前々からおかしい、おかしい、と思いつつも、おおっぴらに話したり書いたりできずにいたことがあるのだ。今日こそは、それをここに書いておこうと思う。

ニコニコ動画のコメントとか2ちゃんねるの書き込みとか、あるいはアダルト関連の情報一切の中で、よく「肛門」の意味で「アナル」「アナル」と書かれているのを見かけるのだけど、これっておかしくありませんか?僕の言語感覚では「アナル」というのは anal だとしか考えられないんだけど、これはいわゆる形容詞格ってやつで、anal という言葉単体では意味を成さないはずなのだ。これは anus「アヌス」じゃないんだろうか?

Anus というのはおそらくラテン語由来の単語だろうと思ったらその通りで、もともとラテン語で「環」を意味する言葉なのだそうな。まあ「肛門」という単語が単体で使われることは非常に少ないわけだけど、あたかも単体で「肛門 = アナル」というのが正しいかのように世間に定着しているのが、僕にはどうにも気持ち悪いのだ……『さよなら絶望先生』の木津千里じゃないけれど、どうにも「イライラする!」。皆さん、もしこの単語を使われる際は、形容詞格との使い分けに注意しましょう、ええ。どうにも気になるんです(自分で使うことはないんですけど)。

2010/08/28(Sat) 16:59:49 | 日記
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T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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