薄ら寒い (3)

『薄ら寒い (2)』で僕は、

……うーむ、技術的な問題ではなくて、これはやはり倫理的な問題だよなあ。
と書き、sebe さんはコメントで、
放送事故の改善と、テロップの内容は別問題だと、誰もが言っているのに・・・
と書かれている。おそらく、皆さんの大多数が引っかかっているのは、このことなのではないだろうか。

セシウムさんの東海テレビ、CM打ち切り続々

東海テレビ放送(名古屋市)の情報番組「ぴーかんテレビ」で、岩手県産米のプレゼント当選者について「怪しいお米 セシウムさん」などと不適切なテロップが流れた問題で、子供服メーカーのミキハウス(大阪府八尾市)がすでに同番組へのCM提供を打ち切り、愛知県護国神社(名古屋市)もスポンサーから降りる方針を決めたことが8日、分かった。

ほかに少なくとも4社が同番組へのCM提供を当面、休止することを決定。東海テレビへのCM休止の動きはこれまで農協関連団体に出ていたが、民間企業にも拡大した形だ。

東海テレビは、問題が起きた翌日の5日から、「ぴーかんテレビ」の放映を見合わせ、アニメの再放送などを流している。東海テレビは同番組のスポンサーのリストを公表していないが、ミキハウスは毎週金曜にCM提供してきたことを認め、「打ち切りは問題の発生当日に即断し、謝罪に来た局担当者に強く抗議して伝えた」としている。

7月からCMを提供していた愛知県護国神社の臼井貞光宮司も読売新聞の取材に、「番組が再開されても協力はできない」と語った。

当面休止を決めたのは製パン大手のフジパン(名古屋市)、流通大手イオン(千葉市)、和菓子店の川上屋(岐阜県中津川市)など。フジパンは5日からCM提供を休止しており、イオンは9日から見合わせる。フジパンは「視聴者から厳しい意見が相次ぎ、CM提供を続ければ企業イメージを害する」と懸念を示した。

10年以上にわたってスポンサーとなり、番組に視聴者プレゼントも提供してきた川上屋の原善一郎社長は「CMを続ければ我々も批判の標的になる」と話した。

(2011年8月9日09時22分 読売新聞)

こういう事態になって、尚、東海テレビが事の本質を捉えられていないのだとしたら、このまま事態は悪化の一途を辿りかねない。実に憂慮すべきことである。

東海テレビの関係者は、こうは考えないのだろうか。もしあのテロップが違う画像だったとしたらどうなのか、と。二十数秒間出てしまったとしても、たとえばあのフリップに文字が打ち込まれていなければ、こんな騒ぎになる筈がない。東海テレビも、あの番組のスポンサーも、特にどうこう言うこともなく、事はそれで終わっていただろう。放送事故として、画像が二十数秒映り込んだことに関しては、誰も腹など立ててはいないのである。

では、何に皆腹を立てているのか。今更書くまでもないことだけど、報道とか、今回の情報番組のようなコンテンツの制作現場で実務に携わっている人、そしてその集合体としての組織において、「セシウムさん」的なことを書いて嘲笑っているような意識がまかり通っている、ということに、である。

だったら、東海テレビは何をすべきなのか。危機管理上……東海テレビの使っている term で言うなら「コンプライアンス上」……これは重要である。まあ、こういうときは、まず頭を下げなければならない。そして、自分達の何が悪かったのか、を示さなければならない。糾弾される前に自己批判すれば、延焼は最小限に食い止められるのだ。しかし……東海テレビは、今に至るまで尚、こんなことにすら気付いていないらしい。いや、気付いているのかもしれないけれど、有効な行動ができないらしい。そんな間にも、どんどんスポンサーは離れているわけで、こういうときに行動しない、ということは、組織の維持という観点に固執しているなら尚更、許されないことのはずなのだが。

2011/08/09(Tue) 20:14:34 | 社会・政治

Re:薄ら寒い (3)

> 「ぴーかん」に出演していた友人が仕事を失った。

これ読んで、思わず唸ってしまいました。実際に、そういう話になってしまうんですよね。出演者に皺寄せが行くというのは、つくづく局関係者の罪深いこと……
Thomas(2011/08/10(Wed) 17:55:31)

Re:薄ら寒い (3)

「ぴーかん」に出演していた友人が仕事を失った。
気の毒である。

このままだと番組だけではなく局がなくなる可能性も無くは無い。
sebe(2011/08/10(Wed) 15:01:17)
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Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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