こんな夢をみた

気がつくと、僕は湿ったコンクリートの上に立っていた。目前には、そのコンクリートが数メートル程続いた向こうに、一面の泥が広がっている。空は……暗く、鈍い灰色をした分厚い雲が覆っている。やや薄暗い泥の向こうに目をこらしてみるけれど、その先には他に何も見えない。

後ろを向くと、やや湾曲したコンクリートの壁が聳えている。この湾曲の様子からすると、どうやらダムのようだ。しかし、その壁の上端は、先の泥の果てと同じく、目をこらしても何も見えない。果てしない、という言葉を簡単に使う気はないけれど、泥もダムも、どちらも僕が把握できない程の大きさでそこにあることだけは、どうやら確からしい。

しかし、ダムの壁際にいるということは、放水でもされたら一巻の終わりということだ。僕は、見える範囲内の壁を何度も見回して、放水口がどこなのかを探した。けれど不思議なことに、このダムにはどこにも放水口らしきものが見出せない。僕は、とりあえず水責めにされる恐怖からは解放されたので、足下のコンクリートに腰を下ろした。

自分を上から見たときに見えるであろう状況を、僕は頭に思い描いた。湾曲した壁の両端は、今の位置からは相当離れたところで、泥に接しているらしい。つまり僕は、蒲鉾の断面のような平面上に捕らわれている状態らしい。蒲鉾のアーチ状の曲線は壁、板と接している底辺は泥の際である。僕は溜息をついて天を仰いだ。一体何だって、僕はこんなところに独りで取り残されているのだろう。

そのときである。微かに、何かを地面に引きずるような音が、断続的に聞こえてきた。ずるっ、ずるっ……辺りには僕以外何も確認できない。動いているものは何なのか……最初の数分は、それも分からなかった。ただ、ずるっ、ずるっ、という音と振動が感じられるばかりだ。

大きな山や、左右に開けた海岸に、自動車で近付いていくことを考えていただきたい。走っても走っても、その山や海岸に近付かないような気がした、そんな記憶がどなたにもおありだろうと思う。自分と比べてあまりに巨大なものは、それと自分との相対感覚を狂わせる。認めたくないと思う自分と争いながら、僕はようやく、その音の源に気がついた。泥だ。泥とコンクリートの接線が、少しづつこちらに近付いているのだ。

僕は動悸を堪えながら、壁の曲線の頂点らしき場所に背中をもたせかけた、泥は少しづつ、しかし確実にこちらに迫っている。壁の左右に再び目をやるが、そこには手掛かりになりそうなものは何一つなかった。つまり、上に逃げることは、できそうもないということだ。

泥はもはや、僕の目前に迫っていた。この泥の上を渡っていければ、あるいは何処かに辿り着くかもしれない。しかし、泥の中で身を支えられそうな板きれひとつ、僕の身辺にはなかった。それに、僕の中には確信のようなものがあった。この泥に触れてはいけない。この泥に、触れてはならないのだ。

泥はいよいよ迫ってくる。音に合わせて、まるで寄せては返す波のように、少しづつ、少しづつ、僕の爪先ににじり寄ってくる。壁に踵を当てて、爪先立ちのような状態になりながら、僕は少しでも泥との間に距離を取ろうとする。しかし、あと何度目かのうちに、僕の爪先にこの泥が触れてしまうことは間違いなさそうだ。

触れてはいけない。触れてはいけないのだ。この泥に触れると、僕の中の欠くべからざる何物かが変質してしまう。僕は踵で壁を掻いた。しかし、その虚しい足掻きの一瞬後、こぽりと音がして、僕の足の親指に泥が被った。その刹那、僕の視界も、そして頭の中までも一瞬に泥のくすんだ焦げ茶色に塗れて、僕は息を吸うことすらできなくなった。その先のことは、何も覚えてはいない。

2011/11/11(Fri) 12:49:04 | 日記
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Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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