日本人の誇り?

最初に断っておく。これから書くことに対して、僕のことをチョンとか何とか言ってくる馬鹿がいるかもしれないんだが、残念なことに、僕の本家は青森の豪農で、6、7代前まで家系図もしっかり存在している。だからはっきり言おう。朝鮮半島の民族に対して差別的なことを言っている人、あなたの家系は本当ににクリーンな日本人なのか? それをあなたはどうやって証明するんだ? できるんだったら、まずそこからやってもらいたい。僕だって、家系図の存在しない昔において、自分の家系に渡来人が入っていないと断言することなど、到底できはしないのだから。僕に出来ないことを出来るんだったら、さっさとやってもらいたいものだ。

さて。僕は「誇り」というものは極めて個人的なものだと思っている。たとえば、僕の「誇り」は、僕がどういう集団に所属しているか、ということなどで保証されるものではあり得ない。それは個としての僕が負っていかねばならないものだからだ。だから、僕はまあそれなりに色々負っているわけだ。

前に僕が、twitter で日の丸をアイコンに入れている連中のことを非難したとき、自分で何も負っていない連中が色々書き込んできたことがあったけれど、彼等の誰一人として、僕の「あなたはこの国の為に何をしてきたのか」という問に答えられなかった。黙っちゃったものねえ。僕はこの国のために、国民の血税を使って、それなりに色々やってきたわけだけど、まあそれは確かに僕の持つ「誇り」の一部になっているかもしれない。しかしそれは、心酔を以て僕に快楽を与えるものではない。むしろそれは、キリスト教徒の言うところの「十字架を負う」ような代物なのだ。

何故かって? 単純な話だ。「誇り」は与えられるものでも、他者に保証されるものでもないからだ。それは自らが個人として獲得し、他者にあかしするものだからだ。その義務を果たしていなければ、その「誇り」を我がものにする資格など、その人にありはしないのだ。

だから僕は、日本人の誇り、という言葉を軽々に口にする人々に問いたい。あなたは何を以てそれを主張するのか。あなたは日本人の誇りを負っているのか。あなたの何が、日本人の誇りの一部として、それを主張するに足る存在となっているのか。これに対して、客観的な視点を満足するだけの答を用意できないならば、あなたにそれを主張する資格はない。あなたがそれを身に纏う資格もない。あなたは他の日本人の支える誇りに寄生している、醜い存在に過ぎないのだ。それを思い知る必要がある。最近の自称日本人は「虎の威を借る狐」という言葉も知らないらしいが、狐どころか、アンタは汚ならしい寄生虫なんだよ。

2014/07/10(Thu) 02:35:50 | 日記
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T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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