Maybe it's a sin.

キリスト教文化には、動物に対する殺生の罪という概念はあまりない筈なのだけど、僕は東洋人の端くれでもあるので、動物を殺すことには多少なりとも罪の意識を感ずるわけだ。困ったことに、今の職場ではこの罪悪感を感ずることが少なからずあるもので、僕としても困ったものだと思うわけだ。

今の職場は、決して郊外というわけでもない場所なのだけど、隣と裏が、地主さんの菜園になっている。そのため、ここだけカントリーサイドみたいになっていて、たとえば梅雨の頃には蛙の鳴き声が聞こえたり、今時分には鈴虫の音が聞こえたりするという状況になっている。蚊や蠅、いわゆる羽虫の類も多くて、帰り際に殺虫剤を撒いて、翌日に出勤すると、入口横にあるテーブルの上に死屍累々と羽虫の骸が積もっている。僕は大量殺戮者としての罪を存分に感じながら、そこを掃除するわけだ。

この羽虫の類を餌にしているのだろう、入口の戸袋の辺りには守宮が住み着いている。こいつはドジな奴で、時々戸締りのときに落ちてきたり、何かの拍子で入口横のポストの上面に寝そべっていて、僕がポストの中身を引っ張り出すと驚いて飛び上がったりする。まあでも憎めない奴である。そして屋内には、ハエトリグモが住み着いている。こいつが時々出てきてはちょろちょろするのを、僕は大分黙認してきたのだが、最近どうもそうもいかなくなってきたのだ。というのも、こいつが屋内に弁当を持ち込むからである。

掃除をしていると、部屋の隅などに干涸びたダンゴムシやヤスデの死骸がいくつも見つかる。どうもおかしいなあ、と思っていたのだが、よくよく考えるに、犯人はこのハエトリグモに違いない。奴は外でダンゴムシやヤスデを捕えてはここに持ち込み、牙から消化液を注入して中身を美味しくいただく。そして残った外骨格を捨てていくのだろう。一日に3つも4つもその殻が発見される。クモの奴は栄養も行き届き、親指の爪に乗り切れない程の大きさになって、時々僕の PC の辺りに出てきてうろうろしている。

僕がこまめに掃除していれば良いのかもしれないが、気がつかないところにこの殻が転がっていると、何せうちの職場は女子率が高いので大騒ぎになってしまう。そういうことが何度か続いて、さすがに僕も辛抱ならなくなってきた。クモの奴が現れたので、

  • 食糧を持ち込まないこと
  • やめない場合は屋外に放り出す。二回目に同じことがあったら殺す。
旨、きつくきつく言い渡したのだった。勿論奴に人間の言葉が分かるとも思われないわけだが、それでもそれでやめてくれれば、という淡い期待があったのだ。

しかし奴はやめてくれない。しかも他に人がいるときに現れる。腹が立ったので、捕まえて屋外に放り出したのだが、何せ虫を持ち込める機動性がある奴のこと、また戻ってきてしまったのだ。

そして今日の夕刻。天井にクモがいることに他の人が気付いてしまった。ああ。もう仕方がない。彼女達の手前、放置するわけにもいかない。高電圧で放電する蠅叩きを持って、僕はクモを叩いた。閃光が瞬き、ショック死したクモは足を丸めて床に落ちた。

ああ、クモは殺したくなかったんだよなあ。俺一人だけだったら、こいつは死なずに済んでいたものを……まあでも、衷心から警告して聞いてもらえなかったのだから、本当に悪いけど、勘弁してくれよな。勿論、お前を殺したことは、俺の罪なんだろう。今日一日位は、その思いを胸に抱えて過ごすことにするよ。

2016/09/14(Wed) 19:30:44 | 日記
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T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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