哀しい復活祭

唐突だけど、皆さんは韓国や北朝鮮の人々に対してどのような感情を抱いておられるであろうか。僕は、たまたま(幸運なことに)小学生の頃、クラスメイトに在日韓国人の女の子がいて、その子に民団の学校の話を聞いたり、朝鮮語の教科書を見せてもらったりしたことがあったのだけど、おそらく彼女との交流のおかげで、今まで不当な差別意識を持ったりすることなく過ごしてこられたのだと思う。

こういう経緯があるし、仕事でも何人かの韓国人と知りあって、実際一緒の場で働いたこともあるし、だから、「韓国人だから」「北朝鮮人だから」(ただし、国家としての北朝鮮に関しては僕は受け入れがたいものを感じているけれど)という理由で、誰かのことをどうこう言いたくはないのだ。でも、今回だけは、ここに書くことにする。もちろん、韓国や北朝鮮の人だからといって、皆、以下に書くような人であるわけではない。これは僕自身の今までの経験からも明らかなことだ。しかし、よりによってあんな日に、あんな場で……ということに、僕が遭遇したことも残念ながら事実なのだ。そういう人もいたんだ、ということで、以下の話をお読みいただきたい。

昨日は復活祭だった。イースターと卵の話は、キリスト教に縁遠い方であってもご存知だろうと思うのだけど、キリストの受難と復活になぞらえて、この日と、前夜(復活徹夜祭というのだが)には、多くの教会で洗礼や初聖体の式が執り行われる。僕の通う教会でも、その例に漏れず、復活徹夜祭に洗礼式が、そして復活祭に初聖体の式が行われた。

こういう式が行われた後には、大抵信者が一所に集まって、ささやかなパーティーが行われるものだ。持ち寄りだったり、教会の信徒の会……婦人会だったり、地区毎の会だったり、それはその教会によって様々なパターンがあると思うけれど……が作ったりした、軽食やお菓子、そしてお茶やコーヒーが振る舞われる、いわゆる立食パーティーだ。

こういうときには、やはり心づくしの品みたいなものが出てくるもので、たとえば僕の通う教会の場合、フィリピン人の信徒が数多く来ているので、こういうときにはフィリピンの手作りの菓子が並ぶ。餅米の粉と黒糖(あるいはパームシュガーのようなものかもしれないが)を混ぜたものを蒸して、ココナツを上からかけた菓子などは、日本人信徒の間でも非常に好評で、あっという間になくなってしまう。僕も、これを楽しみにしてこのようなパーティーに顔を出しているわけだ。

今回の復活祭のパーティーで、僕は知り合いのシスターとSと一緒だった。信徒と司教の記念撮影の後に信徒会館に入っていくと、既にテーブルには様々な食事や菓子の用意がされていた。と……今年は、今まであまり見なかったものがいくつかあった。これは……チャプチェ?横を見るとキムチもある。今回の洗礼式では数人の韓国人の信徒が受洗していたので、きっとその人か関係者が持ってきたのだろう。僕は普段はこういうパーティーで腹を満たそうとは考えないのだけど、このチャプチェとキムチの横に白飯のおにぎりが盛られているのを見て、今年はがっつり食べて帰ろうかな、などと考えていた。

受洗者や初聖体を受けた子どもたちが揃い、信徒会館が人で溢れた頃合いになっても、司教はまだ現れない。これは毎度のことで、司教を過剰に崇敬する人々が群がって、司教がなかなか自由に動けないからだ。ったく……あいつら、キリスト教じゃなくて「司教様教」の信者なんじゃないの?などと毒づきながら、司教の現れるのを待っていた。

この、過剰に崇敬する人々というのが過剰に崇敬する対象というのは、何も司教だけではない。聖職者で何か信徒と交流がある人だったら、大概この手の「ファン」(うん、源義に近い使い方だよね)に群がられるものなのだ。シスターの方を見ると、こちらも御他聞に漏れず、何人かのおばさんに囲まれていた。

そのときだった。並んで立っていた僕とシスターの間に、何の言葉もなく、ずいと身体を割り込ませてきたおばさんがいた。ん、何だ?と思いつつ見ると、先にシスターに親しげに話しかけていたおばさんである。確か、近くにいる他のおばさんと朝鮮語で話していたし、チョゴリを着た人とも話していたから、どうやら韓国人か北朝鮮人らしい。何の声もかけずに人を押しやって平然としているとは、なかなかに無粋な人だな、と思ったけれど、このときは民族的な問題など考えもしなかった。

ところが……だ。このおばさんとその仲間らしきおばさん達が、パーティーの食物が載ったテーブルを包囲しているのに気づいた。何事か話しているその内容は分からなかったが、一人がテーブルの上のキムチを指差しながら他のおばさんに何事か問い、問われたおばさんが自分を指差しながら何事か言葉を返していたから、

「このキムチは誰が持ってきたの?」
「私よ、私」

などというやりとりがあったのだろう。このおばさん達、とにかくわいわいと自分たちだけで話しているのだけど、前の方で受洗者や初聖体を受けた子どもたちが紹介されているのも、司教が挨拶しているのも、全く聞こうとしない。人が前で皆に向けて話したり、こちらが前の人に向けて拍手をしたりしているのを全く意に介そうともせず、ただただ自分たちだけでかしがましく話しているのだ。

そのうち、信徒会長の音頭で乾杯がされようという段になった。皆、テーブルの上の紙コップを周囲の人達に分配し、そこにペットボトルのお茶やジュースを注ぎ合い、乾杯の準備を整えるものなのだ(これはカトリックとか日本人とかそういうことに関係ないものだと思うけど)が、先の韓国人/北朝鮮人らしきおばさんの群れは、数人でテーブルの縁を身体で固め、猛然とテーブルの上のものを食べ始めたのだ。

なし崩し的に乾杯が終わり、周囲の人達がそのテーブルの食物に手を伸ばそうにも、そのおばさん達はどこうともしないし、他人に食べ物を取り分けようともしない。僕はテーブルの上に目をやって、仰天した。先のチャプチェ……あれが、もう半分も残っていないのだ。おばさん達は猛然と食物を平らげていく。

僕はチャプチェを取るのは諦めて、紙皿に、フィリピン人の信徒が作ってきてくれた、例の餅菓子をいくつか取って、シスターとSのところに戻った。それをつまんでいたら、知り合いのフィリピン人女性が、僕がコップを持っていないのに気づいて、

「あーお茶飲めないね、今コップもらってくるから」

とコップを取ってきてくれて、僕に持たせると、手に持っていたペットボトルから注いでくれた。で、僕の紙皿に気がついて、

「それ、フィリピンのお菓子ね。どうだった?おいしかった?」

と聞く。僕が、いや前食べたときおいしかったから、これ楽しみにしてたんだ、と言うと、彼女は本当に嬉しそうに笑って「よかった」と言った。彼女が去ってからテーブルに目をやると、おばさん達は相変わらずテーブルの縁を固めていて、チャプチェの皿はもう何も残っていなかった。僕は、餅菓子とお茶をいただいてから、Sに声をかけ、パーティー会場を後にした……僕が何を言いたいか、お分かりになるだろうか。

キリスト教というのは「分かち合う」ことを非常に重んじる。限られたものを、そこにいる人皆で分かち合うこと……聖体拝領だってそうだし、こういうパーティーだってそうだ。フィリピン人の女性たちは、こういうパーティーでよく手作りのお菓子や、フィリピン風の料理を持ち込んでくれる。そして、それを出してくれるとき、彼女たちは必ず、「どうだった?大丈夫だった?」と聞く。違う文化圏の料理だから、当然人によっては苦手だったりすることがある。そういうことはないだろうか、と、彼女たちはいつでも気を配っているのだ。そして、自分達が持ち込んだものを、僕たちが美味しく食べていると、彼女たちは本当に嬉しそうな笑顔をみせてくれる。分かち合えること、そして自分たちの文化が僕たちを喜ばせていることに、彼女たちはいつでも率直な喜びを表明してくれる。やれ要理だ研修だと言う以前に、こういう彼女たちの行動は、僕たちに分かち合うことの、そして受容することの原点が、こういうところにあるのだ、ということをいつも教えてくれるのだ。

もちろん、韓国人/北朝鮮人も、そういうマインドを持っている人は確実に存在する。僕に教科書を見せてくれた女の子もそうだし、仕事で一緒だった人達もそうだった。しかし、よりによって、一番そういうマインドが求められる場で、しかも、主の復活、受洗、そして初聖体の喜びを皆で分かち合いましょう、というあのパーティーの場で、あんな哀しい思いをするとは思わなかった……そう、僕はただただ哀しかったのだ。本当に、こんな哀しい復活祭を迎えたことはない。

2010/04/05(Mon) 18:45:17 | 日記
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Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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