ディスクトップ(続・レスって何ですか)

前述の mixi のトピックは、生越氏が昔書いているような「情報乞食」の集団だと判断して、切り捨てることにした。「情報乞食」というのは、生越氏がもう十数年前に書いている文書に話が出てくるのだけど、該当部分を引用しておく:

このような善意で情報提供をしているような人を脱力させるような人は、はっきり言えばLinuxを使う資格なぞない。Linuxは誰に対しても平等に与えられている存在である。また、いわゆる「Linuxでメシを食ってる」類のサーバ屋等がその顧客に対している時を別にすれば、誰かが誰かに対して何らかの義務を負うようなものではない。つまり「お客さん」というものは存在していないのだ。

確かに情報を提供したり、ソフトを作ったりしている者と、それを使う人との間には、ある種の「立場の違い」は存在している。しかし、そうであればなおのこと、「利用者」は「提供者」に対して気を使うべきではないか? これが一般の製品なら、「利用者」は一定の対価を払って使っているわけであるから、「利用者=お客さん」である。しかし、Linux界ではそのようなことに対価を払っている人はいない。仮に「CD-ROMを購入」していたにしても、それは「対価を払った」ということにはならない。そうであるなら、「利用者」は単に「提供者」の善意にすがっているだけの存在に過ぎない。つまり、「お客さん」なんかではなく、「乞食」も同然の立場であるとわきまえるべきである。その「乞食」が「提供者」に対して「お客さん」のような気分になっているのを見ると、「お前は何様のつもりだ?」と言いたくなって来る。

これは別に「提供者は偉いんだ」ということを言っているのではない。あくまでも「お客さんなどという立場は存在しないのだ」ということを言っているに過ぎない。また、仮に「提供者は偉い」ということを言うにしても、Linuxはいつでも誰でも「提供者」になることが可能な世界である。そう誰もが当事者なのである。誰もが当事者であるが故に、「お客さん」という立場が存在してないとも言える。「単なる利用者は乞食のようなもの」と言われて悔しければ、それについて文句を言うのはなく、「提供者」になりさえすれば良いのだ。そして、その「提供者」には誰でもなれるのがLinuxである。

さて……で、件の乞食の集団トピックで最近しばしば目にするのが「ディスクトップ」なる、これまた意味不明の term である。明らかにこれは desktop デスクトップ の間違いなのだろうと思うけれど、この単語、僕の知らないうちに世間に定着してしまってやしないだろうか?ということで、google をつついてみると、

http://www.tt.rim.or.jp/~rudyard/gaigo001.html

なる文書が一番目に出てくる。この文書でディスクトップなる言葉が指摘されたのが2003年末だ、というから、つくづく日本人も馬鹿になったものではないか。

しかも、最近の google は もしかして:デスクトップ などと表示せず、「ディスクトップ」で検索をかけると直接「デスクトップ」の検索結果を合わせて表示するようになっている。これはどう捉えたらいいのだろうか……それだけこの面妖な単語が使われるようになっているということだろうか。なんだかねえ……

2010/04/21(Wed) 09:16:43 | コンピュータ&インターネット
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T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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