「もんじゅ」再起動を考える

高速増殖炉「もんじゅ」は、僕とはまんざら無縁というわけではない。僕の恩師が、ナトリウム漏洩事故のタスクフォース委員会の委員で、施設内の腐食が起きたメカニズムを明らかにするミッションをこなしていたのだ。

そのときの恩師と僕の見解は概ね一致していた。ガラスや溶融塩を扱った経験があれば、あの施設内が無茶苦茶になったメカニズムの推測は難しくないことで、あれは、漏洩した高温の金属ナトリウムが空気中の酸素や水蒸気と反応して、多量の Na2O が生成したことによるものだ。 Na2O は溶融状態では恐ろしく腐食性が強い。どれ位強いのかというと、 Na2O を高濃度含有したガラスを融かして、そこにステンレスの棒を突っ込んだら、グズグズと溶け込んでしまう(正確には、ステンレスの鉄やニッケル、クロムといった成分が迅速に酸化され、その酸化物が溶け込むわけだけど)程だ。しかもこの Na2O 、大気中に置いておくと、水蒸気と反応して NaOH 、つまり水酸化ナトリウム(苛性ソーダと書いた方が通りがいいのだろうか)になる。こいつは生成初期は極めて細かい粉末になって辺りに飛散して、そこで潮解してくっつくと、丸洗いでもしない限り除去することは難しい。強アルカリの微粉末を吸引したり、皮膚や粘膜を暴露したりすることは、言うまでもないけれど極めて危険だ(強アルカリは生体を構成するタンパク質を溶かしてしまうから……目に入ったらほぼ確実に失明するだろう)。

まあ、こういうことを考えていてもなかなか人には伝わらないので、恩師達は、現場を模した設備を鋼鉄製のチャンバーの中にしつらえた。配管やはしご、マンホールなどがしつらえられたそのチャンバーを通常の大気で満たして、溶融ナトリウムをぶち込むと、マンホールの蓋さえもぐずぐずに溶けてしまった。まあそれはひどい有様だったらしいけれど、それだけにアピールの方も完璧だったらしい。

さて。そんな「もんじゅ」が今日から再稼働を始めた。おそらく数日のうちに臨界に達することだろう。しかし、正直言って、このご時世に「もんじゅ」にこだわるということが、果たしてこの国に対して、そして世界に対して有益なことなのだろうか。皆さんはお考えになったことがあるだろうか?

そもそも、高速増殖炉とは何か。世間の人は、おそらく「『高速』に何かが『増殖』する」炉だ、などとお考えなのではなかろうか。これは頭っから間違っていて、高速増殖炉というのは「『高速』中性子でプルトニウムを『増殖』させる」炉、という意味である。

一般の原子炉では、核分裂で生じた中性子の飛翔速度が低くなるような工夫をしている。これは、連鎖反応を起こすウラン235を効果的に分裂させるために、その方が都合がいいからである。しかし高速増殖炉では、逆に中性子の速度が高く保たれるような工夫をしている。冷却材として金属ナトリウムが用いられるのもその工夫の一環なわけだ。高速中性子は、連鎖反応を起こせないウラン238の原子核に捕捉されて、ウラン238をプルトニウム239に核変換する。つまり、燃料として使えないウラン238を元にして、連鎖反応を起こす(= 核燃料として使用できる)プルトニウムを「増殖」させることができる。これが、「高速増殖炉」の名の所以である。

ここだけを見ると、未来のエネルギー源として魅力的に思えるかもしれない。しかし、プルトニウム239というのは、実はかなりの曲者なのだ。プルトニウム239はウラン235と比較して臨界量、つまり、一所に置くと自発的に連鎖反応が始まってしまう量が小さい。具体的には、ウラン235の臨界量が 46.5 kg、プルトニウム239が 10.1 kg といわれている。このプルトニウム239の臨界量は、たとえば金属プルトニウムの球を仮定した場合、その直径が 10 cm を少し割る位だから、その小ささを実感していただけると思う。

しかも、プルトニウムはウランの場合と異なって、同位体濃縮を行う必要がない。ウラン235は、自然界で産出するウラン全体の 1 % 未満の割合であり、しかもウラン235とウラン238は化学的性質の違いがない。だから、核種の違いに起因する質量差(それもわずか 1.3 % 程度しかないのだが)を利用して、遠心分離法やガス拡散法などで濃縮を行わなければならないのだけど、プルトニウムの場合は、不純物を化学的手法で除去してやればよい。これを実際に核兵器として用いるためには、いわゆる爆縮レンズ(これに関しては未だに米露共に機密扱いにしている)等の、非常に高度な技術的課題をクリアしなければならないから、決して容易ではないのだが、もしもプルトニウムをばらまく、いわゆる「汚ない核」としての兵器利用を行うのならば、高純度精製すら不要である。

だから、プルトニウムの管理は、それを所有する国だけに限定した問題ではない。IAEA によって、国際的にその状態が明らかになるように、徹底的に監視されるのだ。日本が保有するプルトニウムの量は、国外にある分を含めて 33.9 t(2007年12月31日現在) 、使用済燃料中のものも含めると 133 t 近く(2006年末現在)あって、これはアメリカ・ロシア・フランス・イギリスに次いで多い。中国は使用済燃料中のプルトニウム量を IAEA に報告していないけれど、中国が日本以上に保有していると考えても、この量は世界第6位ということになる。

つまり、現時点で、日本は世界有数のプルトニウム保有国なのだ。それは、日本の核施設を査察するために IAEA が使っている予算額をみれば一目瞭然だ。IAEA は、まともに各国の核施設を査察していたら金がいくらあっても足りないので、「統合保証措置」 (integrated safeguards, IS) という概念を導入して、核の平和利用を行っている国に対しては査察を軽くするようにしているのだが、IS を適用されている日本1国のために IAEA が投じている査察費用は、全査察予算の 1/4。実は日本は、核兵器を否定する国でありながら、同時に最も核に関して監視されている国でもあるわけだ。これが、日本におけるプルトニウムの問題点のひとつである。つまり、日本は、「もんじゅ」が稼動を止めていた時点において、既に「プルトニウムを持ち過ぎた国」なのである。

いや、プルトニウムは核燃料サイクルを成す上で重要な燃料なんでしょ、という指摘がきそうだけど、そもそも、プルトニウムをどのようにして燃料として有効利用していくのか、という問題への答は実に曖昧なものなのだ。プルトニウムは高速増殖炉の燃料として用いられる。しかし、燃料として入れた分よりはるかに多いプルトニウムを「増殖」の結果として得ることになる。だから、得られたプルトニウムを「燃やす」必要が出てくるわけだ。しかし、現時点では、プルトニウムを単体で用いる原子炉というものは存在しない。

プルトニウムを「燃やす」ためには、実は既存の発電用原子炉がそのまま使われている。もともと発電用原子炉で得られる熱量の3割程度が、炉内で核変換されたプルトニウムによるものとされているので、ここに更にプルトニウムを足しても何とかなるだろう、という発想で、ウラン=プルトニウム混合酸化物 (MOx) をペレットにしたものを燃料棒に詰めて、既に発電が行われている。計算上では、MOx を用いることで熱量の5割強がプルトニウムの核反応で得られることになる。

この MOx、ずいぶんと物議を醸してきたものなので、ニュース等でこの名前を御記憶の方も多いと思う。そもそもウラン235で運用する原子炉にプルトニウムを混ぜた燃料を突っ込んで大丈夫なのか、という問題がまずあるわけで、特に炉内の核反応の安定性が求められる原子炉で、このような未知のファクターが入ってくることは、たしかにあまり感心できるものではない。その筋では、充分なデータ蓄積をしている、と言うのだろうけれど、しかしそもそもこんな使い方を前提として設計されていない炉を使う訳だから、想定していなかったトラブルに見舞われる危険性は、ゼロではないだろう。しかも、この MOx をテロリスト等が入手した場合、化学的手法によるプルトニウムの濃縮が可能なので、運用において高いリスクがつきまとうのは否定できない。

僕が知る限り、最も安全そうなプルトニウムを「燃やす」方法は、溶融塩原子炉を使うやり方である。ただし、この炉を作る際には、おそらくコンタクトマテリアル(溶融塩に直接接触する部材)の腐食の問題をクリアしなければならない。あと、既存の原子炉の利権を得ている企業が、このような方式に乗ってくるかどうか、という政治的な問題もあるだろう。

いずれにせよ、現時点で、プルトニウムの量はかなりなものになっているのに、MOx でチビチビ消費する以外の有効な利用手段が確立されていない状況で、しかもプルトニウム自体は非常に危険な核物質である。それなのに、これ以上プルトニウムを増殖させてどうするのか、というのが、僕にはどうも分からない。「もんじゅ」再稼動というのは、こういう問題をはらんだものだということを、僕達は知る必要があるのだけど、おそらく世間ではあまり知られていないんだろうし……

2010/05/06(Thu) 16:57:48 | 社会・政治
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Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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