ハンガリーの赤

ハンガリー、ブダペストの西南西にアジュカ(後記:これは間違い。あえてカタカナで書くならばアユカとかアイカと書くべきか) Ajka という町がある:

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この Ajka で4日、アルミ精錬工場に併設された廃液貯蔵のためのダムが壊れ、大量の赤い廃液が溢れ出した。すでに死者が4名、けが人を含めると100人以上の被害が出ており、この廃液がドナウ川に流れこむことによる大規模な環境被害が懸念されているのだ、という。これは一応僕の専門分野に関係した話なので、今回はこの廃液が何なのかを書いておこうと思う(いや、まあ採鉱は厳密には専門分野ではないんだけど、でも僕の専門分野における一般教養として教わってはいるので)。

まず、アルミをどうやって作るのか、という話をしなければならない。鉄の原料が鉄鉱石であるように、アルミにも原料になる鉱物のようなものがある。皆さんも学校の社会の時間などに名前位はお聞きになったことがあるかもしれないが、これをボーキサイトという。

ボーキサイトは、アルミニウムの水酸化物を豊富に含んでおり、不純物としてはシリカ、酸化鉄、二酸化チタンなどが含まれている。これを金属アルミニウムにするために、まずはアルミニウム以外の金属元素とシリカを除去しなければならないのだが、そのためには、まずボーキサイトを高濃度の水酸化ナトリウム水溶液で煮る(煮るといっても、その温度は摂氏200度を超えるのだが)。こうすると、アルミニウムを含んでいる成分だけが溶液に溶けこむ。たとえば水に対して不溶性のアルミナ(酸化アルミニウム)だと:

Al2O3 + 2 OH- + 3 H2O → 2 [Al(OH)4]-
という反応を経由して溶解する。この溶液の上澄みを取って(つまり沈殿物を除去して)冷却すると、沈殿物として水酸化アルミニウムが得られ、それを高温で焼くと、他の金属元素をほとんど含まない高純度のアルミナが得られる。ここまではバイヤー法と呼ばれる方法なのだけど、ここからは有名なホール・エルー法を用いて、電解精錬法で金属アルミニウムを得ることになる。

さて、で、今回のハンガリーのアレは何なのか?という話になるわけだけど、あれはボーキサイトを水酸化ナトリウム水溶液で煮たときの沈殿物である。高濃度の鉄が含まれていて、その鉄が三価のイオンになっているからあのような色なのである(ベンガラ……紅殻とも言うけど……を連想していただければ分かりやすいと思う。ベンガラは第二酸化鉄 Fe2O3 で、これも三価の鉄イオンを含んでいる)。これを「赤泥(せきでい)」と言うのだが、その主成分は第二水酸化鉄 Fe(OH)3 とシリカ、水、そして水酸化ナトリウムである。

この赤泥はそのままでは強アルカリ性のため、塩酸や硫酸で中和してから廃棄する必要があるのだが、塩酸も硫酸もタダではない。捨てるもののために多額の出費をするんだったら、未処理のまま溜めておけばいい……そういう考えだったのだろう。しかし、強アルカリは生体組織を容易く侵す。未処理の赤泥が目に入ればかなりの確率で失明するし、皮膚に付着した場合も、すぐに大量の水で洗い流さなければ皮膚の炎症を起こしてしまう。

日本では考えられない話だが、これはひょっとすると、東西冷戦時代の負の遺産だったのかもしれない。いずれにしても、強アルカリの環境への影響は実に深刻であって、今後が懸念される問題だと言わざるをえない。場合によっては、日本の援助が求められることがあるかもしれない、のだが……今の日本はそんなことも満足にできそうもない。情けない話ではないか。

2010/10/06(Wed) 19:14:54 | 科学
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Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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