Ferdinand Sauerbruch

このところ blog の更新があまり活発でないのは、ちょっと私的に興味があって調べていることがあるからである。

もう大分前の話になるけれど、まだ水戸に住んでいた頃、県立図書館の書架でふと見かけた本を読んで、僕は大きな衝撃を受けた。その本が、標記のフェルジナント・ザウアーブルッフ(歴史的に日本ではザウエルブルッフと書かれることが多いのだが、最近のドイツ語の発音に倣ってザウアーブルッフと書くことにする)に関するものだった。

ザウアーブルッフは、胸腔外科の技術を確立した人として、その筋では有名である(ただし、彼が考案した陰圧下開胸術は現在では使われていない)。第二次大戦前後のドイツ医学界において、ザウアーブルッフはまさに権威だった(丁度前回の blog に書いている「ドイツ芸術科学国家賞 Deutscher Nationalpreis für Kunst und Wissenschaft」を、ザウアーブルッフは1938年に受賞している)。戦後、彼は旧東ベルリンで活動していたのだけど、この晩年期のザウアーブルッフは、医療行為を行っている最中に奇妙な振舞いをするようになった。今で言う老人性認知症ではないかと思われるのだが、切り離した腸を吻合することなく腹を閉じてしまったり、甚しきに至っては、手洗いをせずに手術を行おうとしたという。もちろん、周囲の人々はこれに気付いていた。いたのだが、権威に物申すことは、旧東ドイツ社会においては、全てを失うおそれのある行為だったこともあって、この問題をほとんどの人が黙認し、その結果として多くの人命が失われた(つまり、ザウアーブルッフの手術によって死者が複数でていた)、というのである。

先日、レーシック専門の眼科医院である「銀座眼科」(現在は閉院)で、手術用器具を消毒しないで使い回した結果、角膜への深刻な感染症が多発して、元院長が逮捕された、というニュースが流れたが、このような話を聞くといつも、このザウアーブルッフの話を思い出す。しかし、彼の起こした問題に関してふれた書物はあまり多くない。特に、日本語では、1969年に出た Jürgen Thorwald の本の和訳版以外には、医療ものの小ネタ本みたいなものに若干の記述がある程度で、ザウアーブルッフの話は(医師以外には)あまり知られていないようである。

せめてドイツ語じゃなくて英語なら訳すんだがなあ……と思って見ていたら、英訳版がペーパーバックで出ているようだ。amazon.co.jp では入手できないのだが、amazon.com なら入手できる。ということで、安いので思い切って買った。後で日本語版も図書館で探して借りてくることにする。

2010/12/17(Fri) 16:55:01 | 科学
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T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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