たちの悪い話

擬似科学、もしくは似非(えせ)科学、と呼ばれるものがある。これは英語でそのものずばりのpseudoscienceという言葉があるのだけど、この擬似科学という代物は、どういう訳か、人が判断力を研ぎ澄ましそうに思える不景気のときに限って、世の中で跳梁跋扈する。そして軽い財布を甘い言葉や強迫的観念によって容易くこじ開け、そこから金をむしりとるのである。

ネット上の知人が、先日飼っている猫を近くの獣医に診てもらったらしい。なんでもこの猫は歯肉炎を患っていたのだそうだが、愛猫を気遣っていたであろう彼に、獣医師は二種類の薬を渡したのだ、という。ひとつは調べればそれと分かる抗生物質だったが、もうひとつの錠剤がどうもおかしい。各々の錠剤が微妙に異なったかたちをしていて、おまけにラベル等もなかった。工業的生産物ではなさそうだ。訝しく思った彼が確認して、ようやくそれがホメオパシーの remedy であることが分かった、という(彼の名誉のためにも書き添えておくけれど、彼の財布が軽いと言いたいわけではない……そんなん分かりますかいな、知り合いでも、財布の重さなんて)。

彼は愛猫に処方された薬を確認する習慣があったから、気づいてすぐに「remedy の処方は止めてください」と獣医師に指摘できたのだそうだが、もし確認せずに漫然と処方され続けていたら、その経済的損失は決して馬鹿にならない。なにせ猫には人間のような健康保険の制度は(ないわけではないが、人間のようには)整えられていない。しかもこの remedy、ちゃんとした代物であればある程、薬にならないのと同様に毒にもならない。だから、もし獣医師が開き直って、サプリメントをご購入いただいていました、ご承知でしたよね、と詰め寄ってきたら、気の弱い人だったら首肯しても責められないであろう。

一応獣医師というのは国家資格なので、当然この獣医師は remedy なんてのが、文字通りの「薬にも毒にもならない」ことは知っていたはずだ。それはこのホメオパシーなるものの起源を探ればすぐ分かることである。もともとこの疑似科学的民間療法は、ドイツ人の医師 Samuel Christian Friedrich Hahnemann が、たまたま自らがキニーネ(キナの樹皮から抽出される薬品で、未だにマラリアの「最後の切り札」といわれている)を服用した際、マラリアと同じような症状を体験したことにその端を発する。

Hahnemann は「ある病の薬になるものを、その病でない者が服用したら、その病の症状が再現された」、という自らの経験から、(短絡的に)「その病の症状を来たす物質を、その病を患う者が服用すれば、その病の薬として機能する」、つまり「類似したものは類似したものを治す(これを『類似の法則』という)」と確信したのだ。勿論、普通にこういうことをしたら「火に油を注ぐ」結果になることはいうまでもない。しかし Hahnemann は、「作用と物質の濃度の間に相関関係がある」と考えた。つまり、毒も量を管理すれば薬になる、という(必ずしも一般性を持つわけではない)経験則をここに適用して、「物質が低濃度であればある程薬効が得られる」と考えたのである。この時点で、相当出来の悪いヤブ医者だと思うのだけど、Hahnemann の暴走は止まらなかった。彼はその体系を著書にまとめ、世に問うた。薄めれば薄める程薬効が高まる、という彼の主張は、科学的思考能力を有する者には到底受け入れ難いものだったが、ここで擬似科学界のスイス・アーミー・ナイフともいわれるこの単語が登場する:「波動」である。

物質の量が減じて、その物質の持つ「波動」がより純化されればされるほど、それは薬効を高くする、と Hahnemann は主張した。勿論、「波動」とは何なのかは極めていい加減である。波というからには、何かが振動していて、そこには縦波か横波か、あるいはその双方が存在していなければならないのだけど、このような単語で全てを説明する(ようなふりをして、都合の悪いことは全部この「単語のブラックボックス」に事寄せる)、まさにこれこそが疑似科学の常套手段である。

Hahnemann やその後継者達の、波動の純化(都合の悪いはずの物質の希釈)へのこだわりが如何に高いかは、remedy を分析してみればすぐ分かる。当初入っていたはずの物質は、現在最も検出感度の高い分析手法であろう質量分析器などを用いても検出できない。それもそのはずで、最もよく用いられている「30 C 」という濃度の remedy は「100倍に希釈して、よく振って攪拌する」操作(これを C と表記するのだが)を30回行っている。つまり、もとの物質の濃度は 1/1000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000 ……不毛だな、分かるように書くと10のマイナス60乗倍にまで減じられている。こんな代物をほんの1滴、砂糖を固めた錠剤様のものに染み込ませて乾燥させたものが、30C の remedy である。大雑把に溶液1滴を 0.1 cc(水なら 0.1 g)として、例えばあの毒入りカレー事件で有名になった亜ヒ酸でこれを作ってみたとしよう。一滴の 30 C 溶液を滴下・乾燥させて得られる remedy 中の亜ヒ酸分子の個数は、およそ3×10-40個、つまり、remedy がちゃんと作られているならば、亜ヒ酸が入っている確率は事実上ゼロとみなして差し支えない。しかし、ここに至るプロセスで、この remedy には亜ヒ酸中毒を癒す「波動」が満ち溢れるのだ、と、ホメオパシーの信奉者は主張するのである。だからこそホメオパシーは性質が悪い。このようにして作られた remedy は極めて上質のプラセボ(偽薬)になり得るからである。もし偽薬としての「効果」が出なかったとしても、少なくとも remedy には亜ヒ酸としての化学的性質はない(と言い切れる)。そこに心理的バイアスがかかっているから、人はプラセボとしての効果を「自己確認」しやすくなってしまうのである。

このホメオパシーの場合は、一種の民間療法として、あるいは民間医術の施術者の権威付けのアイテムとして普及してきたわけだけど、現在の疑似科学の「効用」はそれだけに留まらない。例えば、民間企業が革新的な発明・発見をした、と発表するものの中には少なからず疑似科学的なものがあるわけだけど、このようなものでも発表されれば人の耳目を集める。そうなると株価に影響を及ぼす。そこに利益が生まれるわけだ。このような「社会的『偽薬』効果」は、実際に数字として……この場合は株価の推移というかたちで……現れる。そうなると、そこに利益の種が現出されるのである(もっとも、たとえネタが疑似科学的でも、この情報で株取引を行ったらインサイダー取引という「社会的犯罪」の責めを負わなければならないわけだが)。だからこそ、不況下には疑似科学が蔓延るのだ。

今年の夏の終わりに、振動攪拌機で攪拌しながら水を電気分解したときに発生する気体を集めたもの(これは酸素と水素の混合気に過ぎない)が、単なる酸素と水素の混合体と異なる物性を示す、と主張する企業が現れた。なんでも液化した際の沸点が高くなるとか、その気体の雰囲気下で水を攪拌したときに泡が立ちにくい、とか言っているらしいのだが、もしそうだとすると、熱力学的な性質にまで影響を及ぼす、未知のクラスターだ、ということになるのだが、残念ながら、気体である酸素と水素の間に、そこまで物性を変えるほどの相互作用が生じる理由が見当たらない。唯一考えられそうなのが同位体濃縮だが、自然界に存在する同位体の存在確率からしても、それだけでそんな現象が観察される根拠が思い当たらない。盲信しやすい人は、すぐにこういう結果に対して未知の何物かの発見を確信する。しかし、僕は疑り深いトマスである。(僕は使徒トマスがなぜ科学者の守護聖人とされないのか、いつも不思議に思っているのだけど)こういうときはトマスの出番である。ゆめ、疑わざることなかれ……トマスは疑いの向こうに神を見出したからこそ、篤い信仰を得ることができたのだから。

2009/10/30(Fri) 19:13:49 | 科学

Re:たちの悪い話

私も疑似科学のトリックを破るのが思考実験として好きなのでホメオパシーにも数年前から強い興味を持っていました
しかしWikipedia見て思ったんですけど、大抵はWikiも疑似科学に関しては否定的な描き方がされていますし、検索すれば上位に引っかかるのが、少しは被害者を減らす役に立ってるんですかね
各種掲示板に見るビリーバー達の頑固さを見る限りあまり効いてはいないような気もします

それにしても、犯罪一歩手前の業者とおろかな消費者だけでやっててくれればいいのですが、医療関係の肩書きを持つ人が関与すると洒落になりませんね
信じる人も増えてしまうでしょうし

私は医科大で一科目実習を手伝っている程度しか教育に関与してませんが、学生たちに将来そのようなことに加担することが無いように祈るばかりです
guest(2009/10/30(Fri) 23:45:09)

> とます氏:

そもそも自然界に極微量存在しているものと区別がつかなくなってしまうし、それ以前に測定機器のノイズに埋もれてしまいます。いやそれにしても「波動」という言葉の便利なこと!
Thomas(2009/10/30(Fri) 22:07:07)

Re:たちの悪い話

文中のヒ素1gを6Cで希釈した場合でも1pg(ピコグラム)で、厚労省のHPによれば
http://www.mhlw.go.jp/topics/2004/07/tp0730-1.html
体重50kgの人の摂取許容量は107μg/人/日とあり、マイクロ、ナノ、ピコ、これだけでも十分意味が無くなる量ですね(w
とます(ひらがな)(2009/10/30(Fri) 21:44:51)
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Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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