温故知新

僕が生まれて初めて組んだバンドのヴォーカルだったS君から連絡をいただく。実に懐かしいことである。

この初めてのバンド、というのが、僕の中では音楽に対する怨念みたいなものの源になっている。どういうことか、というと、当時の僕たちは、周囲が BOØWY とか、洋楽だったら U2 とかやってキャーキャー言われていた頃に、はっぴいえんどの『十二月の雨の日』をやろう、といって集まって、ドラムがいなかったのでリズムマシンで打ち込んで、それが本番のときに暴走して、出来損ないの祭囃子みたいなのをバックに演奏・歌唱して……ああそうだ、あのときのライブの司会の奴が言ったことは、きっと一生忘れることはないだろう。そいつはしたり顔して、こうのたもうたのだ。

「ん〜、フォークですねぇ」

馬鹿野郎何知ったようなこと言ってやがるんだこれぁロックなんだよという心の声もむなしく、まるでなかったかのように扱われたのがとにかく腹立たしかった。で、それから20年になろうというのに未だに音楽をやっている。きっと今後も死ぬまでやめないだろう。

皮肉なことに、その後いわゆる渋谷系が出てきて、はっぴいえんどの名前は同世代に知られるようになって、大学で女の子に「上田さんはっぴいえんどの CD 持ってるのぉ?」とか訊かれたっけ。け、何言ってやがるんだぽっと出の半可通がさも第一発見者みたいにとかいう心の声が、ますます音楽での僕を孤高の人にさせたんだよなぁ。今でも基本的に一人で作曲・作詞・編曲・演奏・歌唱とやっている背景にはそれが関係しているのかもしれない。

2009/11/30(Mon) 01:43:36 | 日記
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T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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